COLUMN

農楽蔵

北海道北斗市文月地区 。
「峩朗(がろう)鉱山」を背に函館市街を見下ろす斜面の上に、農楽蔵の自社農園は広がっている。

路面電車が横断する、趣のある港町だ。

「最近は治ったのですが、謂わば「斜面を見ると葡萄を植えたくなっちゃう病」に罹っていました。
葡萄を栽培する場所を長い間探していたので、癖になってしまって。」

何万人にひとりが罹る奇病なのかは知らないが、筆者が知る限りにおいては、はじめての症例だ。前代未聞の病魔に侵されながらも心を燃やし続けたその情熱は計り知れない。
ブルゴーニュでワインの醸造栽培学を修めた後、山梨県でワイン造りに携わっていた佐々木賢さんは、日本各地を回りながら、自分が求める条件を満たす土地を探していた。

「僕の場合、もともとはシャルドネが自分の好みのスペックになりそうなところを探していて、7-8年のあいだ日本中を訪ねて回りました。 当時は、フランス留学を終えた後で、山梨のワイナリーで働いていたのですが、そこからまたフランスに戻ったりして。そのあとに、北海道のニセコにきて、月に一回ほどのペースで実際に函館を訪れていました。」


言うまでもない。北海道は大きい。
同じ北海道のうちにあっても、各都市は途方もない空間を隔てている。
札幌と旭川なんて、六本木と新宿くらいの距離感でしょ。なんて都内在住者のくるった縮尺は一切通用しない。
実際に農楽蔵が位置する函館と、北海道のワイン産地として注目を集めている余市や岩見沢の間には、200㎞以上の距離がある。
東京からであれば静岡まで到達してしまう距離だ。県をまたぐどころの話ではなく、違う地方といえる隔絶がある。
同じ自治体区分であることが不自然なくらいだ。
だから、まずそのギャップを考慮に入れなければならない。
東京に富士山はないし、静岡に愛宕の出世坂はない。つまるところ、余市などとは対照的に、函館近郊には葡萄栽培の歴史はない。