COLUMN

登醸造

「お酒ももちろん好きなんです。毎晩、晩酌もしています。 でも、もしあなたが今生きていくうえで何かひとつだけを選ぶとしたら、それは何かと問われれば、俺は音楽なんです。」

好きなアーティストを問われた、登醸造の小西さんは突如として、目の色と声色と顔色を変えた。

登醸造 小西史明さん。ツヴァイゲルトの畑でも葡萄を慈しむ微笑みを絶やさないが。

それまでの会話の中で沈んでいたということでは全くないが、「いやぁ、そういう話するの好きなんだよなぁ。」とはにかむ彼は、「恋バナ」を持ちかけられた女子高生さながらにキュンキュン、ウキウキしているように見えた。

なるほど。

ワイナリーのホームページに「音楽」というセクションが存在し、そこには小西さんが愛するアーティストたちの楽曲のビデオクリップが埋め込まれている。

何の説明もないと非常に奇妙に映るが、そういうことだ。

リクオ、ハナレグミ、Ruben Gonzalez、真心ブラザーズ、YO-KING、Saienji、音楽に疎い私にとっては、凡そ聞いたことのないアーティストの名前が次々と発せられた。

半ば呆然としていると、小西さんは自身のミュージック・ステーションで下車し、どこかへ行ってしまった。

「音楽が本当に大好きで、音楽に本当に救われて生きてきたような感じで、自分自身でも東京にいた時代にバンドをやっていましたし。」

音楽というものは、それを浴びるように聴いていた当時の気持ちや境遇をそっくりそのままフリーズドライするような機能を持っている。

特定の楽曲を聴いてしまうと、陰惨な気分になって急に胃に鉛を詰め込まれたような感覚を覚えたり、反対に体が軽くなって、普段は目もくれない空を仰いだり、抗うことのできない時間旅行を迫られる。

嬉々として、自身と音楽との関係性を語り始めた小西さんは、脳内で何かの楽曲を再生しながら目まぐるしいタイムスリップの旅に出た。彼が目の当たりにした旅の情景に併せて語られる内容や展開に脈絡や道しるべがないものかと探したが、どうにも見当たらない。

そういえばあるタイプの楽曲の歌詞というのは、ピースを組み合わせるような構造ではなくて、ぐしゃっとしたナンセンスの集合から何かがにおい立つようなあり方をしていたりもする、ような気がする。