COLUMN

テール・ド・シエル

目線を遮るものは何もない。目前にブドウ畑を捉えながら、真直ぐ視線を送れば、八ヶ岳連峰や北アルプス、中央アルプス、そして富士山までもが遠くで連なる様子が見え、眼下には御牧ケ原の台地や小諸市内が見渡せる。山の下の方から風が優しくふわーっと吹き上がる。心地よい風の音、そして鳥と虫の声。気温は山の下の市内に比べると低く、7月でも涼しさを感じる程だ。足を置く土はフカフカと気持ちがいい。ずっとここに立っていたい。そう感じさせる場所である。

テール・ド・シエル(Terre de Ciel)は、天空の大地という意味のフランス語。長野県小諸市糠地地区にあるワイナリーは標高950m、隣接する畑は標高920-940mに位置しており、日本一標高の高い場所にあるワイナリーだ。ブドウ畑から雲海が見える日もあるというのだから、その高さをお分かり頂けるだろう。
今回は、そこで栽培と醸造の責任者を務める桒原さんにお話を伺った。

畑の入り口にある熊の置物はワイン・グローワーの家族を表しているものだそう。

一目ぼれの力

異色の二人がタッグを組む

2015年にこの地でブドウ栽培を開始し、2020年にはワイナリーを設立して自家醸造も手掛けるようになった。最初にワイナリー設立に向けて動き始めたのは、桒原さんの義父の池田さん。池田さんの前職は通信系会社の役員で、定年退職後、第二の人生としてワイン造りの道に進みたいと考え、千曲川ワインアカデミーを卒業されたという、大変パワフルなお方だ。

そして、桒原さんは、そのチャレンジの傍で当初は池田さんの相談役として、そして2020年のワイナリー開設からは池田さんと二人三脚で一緒に走り続けている。桒原さんの経歴も大変興味深い。元々は消防士としてキャリアをスタートされたが、消防士の仕事の関係で指定障がい者支援施設「こころみ学園」を訪れる。同学園が運営するココ・ファーム・ワイナリー(同ワイナリーの詳細はこちらをどうぞ。)で、知的障がいを持つ学園生が労働しながらワイン造りをしていることに興味を持ち、ボランティアとして通う中、ご自身も学園生と共にワインを造りたいと思い、転職されたという。そこで15年以上、ブドウ栽培とワイン醸造の経験を積んでこられたのだ。

前例がないなら自分が前例になればいい

池田さんから畑の場所をどうすべきか相談があった際、桒原さんは、標高の高い場所がいいのではないかとアドバイスをされたという。小諸市は高品質なブドウを育てているワイナリーもあることから有望視していたが、ヨーロッパ系品種を育てるのであれば冷涼な場所が良いと考え、同市内でも特に標高の高い場所が良いと踏んでいた。
池田さんが畑探しを続ける中、小諸市から糠地地区を紹介され、今の畑に出会う。そして、畑からの絶景に一目ぼれ。相談を受けていた桒原さんもこの景色に心を奪われたそうだ。
土地入手の段になって県に相談した時は、あまりにも標高が高いのでブドウ栽培には適さないと反対されたそうだ。長野で育てるのなら、県名産のメルロとシャルドネが有望で、この場所は冷涼すぎると。それでも、この場所はその他のヨーロッパ系品種を育てるにもポテンシャルが高いと見込んでいた。冷涼だが、日照時間が長く、雨が少ない。風もある。寒暖差が大きく、酸がしっかりと残るはず。
この考えが正しいものだったと確証したのが、2017年に池田さんが近くのワイナリーに委託醸造をお願いしたソーヴィニヨン・ブランの仕上がりを確認した時。きれいな酸味が残ったエレガントな仕上がりで、県の考えもガラッと変わった。今では新規就農希望の方に、なるべく標高の高いところで、メルロやシャルドネ以外の品種の栽培も推奨しているそうだから驚きだ。前例がないからといって諦めるのではなく、自らが前例となって後進を育てていく。リスクは避けるのではなくマネージするものと捉え、果敢にチャレンジされる姿に感服する。