COLUMN

496ワイナリー

ボルドーにやってきた。のではないが、日本のボルドーと言われる場所にやってきた。東京から新幹線で約1時間半。信州が誇る一大ワイン産地、千曲川ワインバレーだ。千曲川の流域に広がる産地で、右岸と左岸で個性の異なるブドウ栽培が盛んな場所だ。今回訪れた496ワイナリーがあるのは左岸側。そこで飯島さんは奥様の祐子さんと共に2014年からワイン用ブドウの栽培を始め、2019年には自社ワイナリーを設立、ブドウと向き合う日々を過ごされている。

訪れた日は生憎の雨。だけど、深緑色の縁取りが素敵なワイナリーと味のある看板を見ると、「着いたー!」とテンションが上がる。ワイナリーの周りに植えられたお花やオブジェも可愛らしい。

496=シクロ=Cyclo=自転車

ワイナリー名の496にはフランス語で自転車を意味する「シクロ」という意味合いが隠されている。実は、飯島さんはもともと自転車競技の選手。個人追い抜き種目のパシュートと呼ばれる競技では、マスターズ部門の世界記録を樹立したという信じられない経歴の持ち主だ。スポーツ選手でこれだけの経歴の持ち主であれば、引退後にスポーツ関連の職に就くことは容易だっただろうと想像する。しかし、飯島さんは40代後半で全く異なる分野のブドウ栽培&醸造家に転身する。このジャンプはどこから来るのだろう?と不思議に思っていた。

飯島さんはきっぱりと仰る。「過去はどうでもいい。今を大事にしている」

と。選手時代には、自転車で地球15周分を走ったそうだ(驚愕!)。もはやそれがどんな距離なのか想像の域を超えているが、永遠とも思える距離を走りぬき、やりきったという感覚があるのだろう。

次は、何かモノを作って、人に喜んでもらいたいという強い思いがあったそうだ。では、何を作るのか?選手時代、海外に遠征に行った時に出されたワインは、「常に楽しい時のわき役」だったという。ワインは幸せの記憶に直結するもの。そして、ワインには「人を繋げる力がある」と言う。

みんなでボトルに入った液体を分け合いながら飲む。ワインの周りには人が集まる。それだけではない。ワインを目的に旅先を選ぶこともあり、ワインを通じた新しい出会いがある。他の農産物で、こんな形で人を結びつけるものはそうはない。ワインで人に喜んでもらいたい、幸せを感じてもらいたい、人との繋がりを大事にしたい。自転車の世界を経験したからこそ見つけられた次の世界だった。

飯島さんは、目標に向かってもくもくと打ち込むタイプだと祐子さんは仰る。これだ!と思ったものに対しては、迷いなく全エネルギーを注ぐ、猪突猛進型。ワインも自転車も長距離走。2つは全く違う畑のように見えるが、飯島さんの向き合い方は変わらない。365日、休みなく畑に出かけて行くそうだ。

畑との出会い — 流れに身を任せたら最高の場所だった

人に喜んでもらいたいという気持ちから始めたワインの道。出来上がったワインを飲んでもらわないと意味がない。お客様の多い関東圏から近い場所にワイナリーを設立したいと思った。

長野県は首都圏からのアクセスがいい。行政も誘致に積極的で、周りの農家達の風通しも良かった。千曲川ワインバレーは、日本有数の日照時間を誇り、降雨量が少なく、標高が高さによる昼夜の寒暖差があり、ブドウ栽培に恵まれた土地だ。ワイナリーの多くは右岸側にある。左岸よりも更に標高が高く、火山性の黒ボク土を土壌とするところが多い。一方の左岸は、右岸よりも標高が低く、粘土質の土壌を持つ。飯島さんも多くのワイナリー同様、移住当時は右岸で農地を探した。もう少しで契約となったが、所有者側の権利関係に不備があることが判明し、破談になったそうだ。そんな折、左岸の農家にお手伝いをしていた祐子さん経由で今の土地に巡りあった。

蓼科山の地下水+強粘土質土壌+寒暖差という好条件が揃うお米の名産地で、畑の目の前は田んぼが広がる。飯島さんの畑は斜面でお米を作ることができないことから田んぼにならず手付かずで残っていたという。